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2017年04月| 2017年05月 |- ブログトップ

伐採作業 [イベント]

5月21日(日)伐採ツアー申込が届いた。

募集人員は200名、早い者勝ち、申し込んだら間に合った。

イベントを開いた会社で受付をして、ペットボトル飲料お茶を1人1本もらった。

それをもってバスに乗り込んだ。

当日は夏日のような暑い日でした。

全国から集まった人が数十台のマイクロバスに乗り山道へ入った。


選ばれた杉の大木の前でバスから降りた。

選ばれた伐採される杉の木には、しめ縄が張られていた。
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選ばれた巨木は虫に喰われたのか、それとも水揚げが悪かったのか一部腐っていた。
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腐っている部分、こんな風になっている木を倒すのはとても難しいらしい。
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この人が会社の創業者、伐採ツアー計画者でもある。
今日の伐採は、とても危険な木であると説明をしてます。
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明治維新の頃植えられた、と思われる巨木。
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根元が腐っているため倒す方向が決められない、危険なのでワイヤーが張ってある。
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数年前参加したときは、こんな作業はしていなかった。
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危ないときはワイヤーでこの方向へ引っ張り、倒れるよう担当者が立ってます。
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オーナー会長自ら木にチェンソーを入れた。
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木くずが飛び散ってます。
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興味シンシンに集まった人たちが見ている。
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チェンソーで腐っているところをカット、この頃はまだ大勢見物。
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木は大きくなると自分の重みに耐えられなくなって腐る、と聞いている。
空洞になったりするのも、それが理由と聞いている、カットを見ていると根元がだいぶ腐っているようだ。
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この状態では危険なので見物者は林道まで下がるように指示され、引っ込められた。
関係者とカメラマンだけ、木にクサビを打ち込まれた。
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クサビをカケヤで打つ。
聞いた話  木は倒れる寸前 「倒れまい」と 頭を振り踏ん張るそうです。
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倒れる瞬間、ワイヤーの担当者の方向ではなく、杉の立っている方向へ杉をなぎ倒しながら@@
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倒れた。
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この木は倒されても、これから別の形で長く生き続けます。
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この巨木は年輪148年、長さ42Mでした。
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年輪や長さはをクイズで当てた人には素晴らしい景品が当たりました。

私は、当たりません、いつも外れです。


たまには変わったイベントに参加するの面白いし楽しかった。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

観光してきました7 [旅]

咲き始めた山野草、ドンドン咲いてます。

折角咲いたのでお披露目です。


ルブラムイカリソウ
この真下もモグラが掘り起こしてます。
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アップするとこんな花です。
庭から絶えてしまわないようこれは鉢植えです。
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珍しくもないアカバナイカリソウ
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楊貴妃イカリソウ
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花びらはもっと濃い赤ですが、本当の色を出せません(-.-)
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色々試して
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最後はピント外れ(><)
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サルフレアイカリソウ
満開の時は撮らず、過ぎたのに撮ってます。
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花は、こちらの方が良いかなぁ~
下の葉っぱはモグラ対策のヒガンバナ、モグラは真下を走りまくって効果なし。
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バイカイカリソウ
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庭にはこんな風に群生
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小さい可愛い花は今も咲いてます。
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**************************:

隠岐観光の続きです。


翌朝、一番大きい島 隠岐の島町へ移動です。

ホテルでいろいろ聞いたら、今は、海士町から隠岐の島町へのカーフェリーは無いと言われた。

車を持ち込んで行く予定でしたが、現地でレンタカーを借りる手配してもらった。

海士町の菱浦港の船の時間表示
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このレインボージェットに乗ります。
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レインボージェットは菱浦港から離れて(^^♪
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日本海にはこんな島がたくさん見えます。
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カーフェリーしらしま、とすれ違い。
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隠岐の島町の港、西郷港に到着。
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レインボージェットは私たちを下船させて、待っていた人たちを乗せて去っていきます。
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私たちは手配してくれたレンタカーを借りて島観光です。
軽を借りて良かった、島の道はとても狭い。
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佐々木家住宅へ行きましたが、道がとても狭かった。
佐々木家は代々庄屋を務めていた古い家柄です。
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佐々木家住宅
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中は観光でよく見る民家と変わらないので載せません。
チャノマの、この天井は煙のはきだし。
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部屋は、シモノマ、カミノマ、ヤリノマ、チャノマ、ヒヤ、とあり、カミノマの床には刀が展示。
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「ナカエ」と書いてある部屋の釜土は、一般には土間にあって一段低い。
しかしここの釜土は、板の間と同じ高さの作り方だった。
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次回もよろしくお願いします。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

観光してきました6 [旅]

今庭にモグラが入って庭中荒らしまくって困っている。

こんなに悪さをするのに誰が決めたのかモグラは「絶滅危惧指定」だ。

我が家は茶庭なので石組みが多く、石の下に入ったモグラはどうしょうもない。

地面のいたるところが空洞になり、山野草は水揚げが出来ず枯れる。

冬モグラの穴にネズミが入り、木の根をかじった。

庭の松は全部元気がない、土壌の木の根が空洞になり大事な松1本が枯れ始めた。

掘られた穴を埋めるため、水をかけてつぶす。

水は溢れることなく、いくらでも入る、どこまで続いているのか分からないほど入っていく。

そのたびに土が崩れて、山野草もめり込んでぐちゃぐちゃになる。

絶えて消えた山野草があっちこっち(-.-)に。
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土砂が流れて田んぼのようだ。

ここには雪割草やイカリソウがあったけどダメのようだ。
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掘られた穴を埋めるたびに庭石が沈んでいく。

以前、庭の石灯篭も傾いて庭師に設置し直しをしてもらった。
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この場所は一面ツワブキが咲き綺麗だった、少し残っているけど今年はダメみたい。
カバレンゲは殆ど枯れた状態、生き残った1本だけ青息吐息で花を1個付けた。
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この場所は石組みを挟んでシュンランが下から上まで咲いてた場所ですが、見る影もない。

土砂が流れ崩れてもう無い、相棒に土留めの石を設置の依頼。

石で土留めをした後、良い土を入れようと見に行ったときはもう遅かった、砂がたっぷり(-.-)うえ~~ん(涙)

残ったシュンラン元気になるとよいけど・・・!
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絶滅危惧指定だから回避の薬は有るが、退治をする薬も無く途方に暮れている。

庭には絶滅危惧種の山野草がたくさんある。

モグラが絶滅危惧なら、絶滅危惧種の植物はどう考えているのか、それを決めた人に聞きたい。


モグレス、酢酸液、ヒガンバナ、超音波、ハバネロ辛子液、あらゆる手段でしましたが、効き目無し。

この方法では殆ど撃退は出来ません。

残る方法は、「指定に決めた役人さん、モグラを捕獲しに来てペットで飼ってください、プンプン[ぷっくっくな顔]

何十年と管理してきた庭を見て、こんな気持ちで撃退に頑張ってます。



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観光旅行の続きです。

後鳥羽上皇の過ごした跡地。
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流転の梵鐘
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詩を詠むことが仕事なので句碑があっちこっちに有りました。
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この様に詩も詠みましたが、いつの日か都へ帰る夢をみて、その時のために自ずから太刀を打って居たことも知りました。
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流転の身でありながら、暮らしはビップ待遇、自ら住民たちにも武器となる太刀の打ち方指導までやっていたことも分かった。


枯れたけど当時の網掛けの松。
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今は干拓事業で広い大地になってましたが、ここまで海だったそうです。
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後鳥羽上皇は、京都へ帰る夢をみ続けて帰ることが出来ませんでした。

ここで火葬されて京都へ
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残った灰を分骨、と言う形で、今は宮内庁管理となっている、と聞きました。


ここから後鳥羽上皇の資料館へ行った。

写真は悪いと思って撮らなかったのでありません。


次に海士地域の有力者、村上家へ行った。
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京都の水無瀬家は後鳥羽上皇に仕えた公家、村上家はその水無瀬家と交流が有った。

写真は無いけどこの辺を観光して宿のホテルへ行った。


ホテルのラウンジ
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このホテルは、温泉付きホテルです。
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部屋の鍵をもらって

今夜の部屋です。
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食事に行くとき部屋の鍵がない、テーブルの上にもどこにもない。

鍵が無いので部屋から出ることが出来ない・・・どこへ置いたのだろう??

そのとき孫が金庫を開けて鍵を持ってきた。

あ~~良かった、ボケが始まったのかと心配した。


部屋に入ってすぐ撮った写真に、孫が金庫と写ってる、あの時だ(^-^)


こんな騒ぎもありました。


まだ続きます。


お越しいただきありがとうございました。

またお越しください。

ちょっとそこまで [ぶらりと]

隠岐の観光を載せようと思いましたが、GWの更新です。


GWは予定では混み合うので静かに過ごそうと思ってた。

しかし毎日天気が良く、家に居ては損をするような気がしてちょっとお出かけ。

4日(木)、R49号線をドライブしてきた。


ここはR49号線にある、道の駅「じぱんぐ」

福島新潟の豪雨で阿賀野川が氾濫、この道の駅も阿賀野川の水がドンドン増え、押し寄せた水が駐車場から建物、売り場まで水に浸かった。
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当時ここに勤めていた人は、こんなことを話してくれた。

「後ろの山からは滝のような水が流れてきて、前からは阿賀野川の水が押し寄せてきて、国道49号線の道路は川のようになった」

身の危険を感じて「道の駅」で働いている人に、こうしろ、ああしろ、とは言えない!

「各自の判断で早く避難してください」

それしか言えなかった、と言ってました。


その人の話で、川のようになった道路は30センチの水位になったら車のドアは開かなかった、と言ってました。


当時無かった土手、この庭からかさ上げの土手が見えます。
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庭にはお社があり何か祀ってあったけど、流されたのか何もありませんでした。


河川敷の船着き場もめちゃめちゃに流されて、当時は目を覆いたくなる水の怖さを実感した。

土手を何メートルくらい高くしたのだろう、GWで川下りを楽しむ人が大勢。
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この日は新緑を楽しむお客が次の船を待っている。
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水害前ですが私たちも3回ほど阿賀野川の船下りをしている、水害後はまだ乗っていない。
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見ていて気が付いたけど、以前は縄文杉から乗ってここで下船した、しかし船は上流へ上がっていく。

川下りじゃなく 川上り!!!変わったのかなぁ~~



次の船が入ってくる、やっぱりここから上流へ@@
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土手からは高速道路が見える。

白いのが高速道路、下の赤いのが国道49号線。
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川の上に見えるのは磐越西線
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ディーゼル車は目の前を走って行ったけど、カメラをケースから出しているうちに通り過ぎちゃった。

人出の多いこの日、人並みに楽しんできた。



山菜の時期、こんなものも楽しんだ。

こごみの炒め物
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タラの芽は天ぷらにした。
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今は庭の山野草を楽しんでいる。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

観光してきました5 [旅]

GWに入ってからお天気が良く、庭いじりや畑いじりで過ごしていた。

昨日は相棒と2人で久々に地元の山、高坪山に登った。

この山はお天気が良ければボランティアで毎日登山道整備をしてくれる方が居る。

登山道は土砂が流れ掘れていて歩きにくい、と言うようなところはありません。

どんな斜面でも、とても整備されている山です。


おにぎりと暑いお茶をもって高坪山の山頂で食べた。

高坪山はブナの新緑がとても綺麗。
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山頂もブナの葉で木陰ができて最高です。
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ブナ林は落ち葉がすぐ腐らないので登山道も歩きやすい。
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新緑を見ながらリラックスした。
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縦走のできる山なので下山するときのコースで飯豊連峰をパチリ♬
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写真は撮らなかったけどイワウチワがたくさん咲いていた、オオバカメノキも白い花を咲かせていった。

爽やかなお天気だったので結構多く登って居た。


とても良い1日を過ごした。


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旅行記をダラダラと更新してます。


隠岐の島の続きです。


「おき」のカーフェリーに4時間も乗って居る、暇なので下船してから食べる観光協会の作ったグルメ情報を見てチェック。


海士町のご当地グルメ いくつか紹介されている。


「何を食べる?」

「海鮮丼もいいね!」

「隠岐牛ランチも美味しそうだし♬」

営業時間を見た、1時30分・・・え~~~!

船の着く頃には間に合わない閉まってしまう。

予約をしよう。

12時半頃、船から予約電話をかけた。


「今日の予約は終わりです。」

どの店も同じ(><)


船の受付案内へ行って

「こういうわけで食事ができません、街の食堂を教えてください。」

受付案内の人は街の地図をだして、

「ここならやっていると思います」

と言って、数本ある道の地図に印を付けてくれた。

ワタシ 「幾つ目の信号機ですか?」

受付の人、けげんな顔をして

「島には信号機はありませんよ」

「車で行くと、そこまで10分くらいですか?」

「車で10分も走ったら隣町まで行ってしまいます。」

本土の感覚で大変なことを聞いてしまったようだ(><)


相棒と合流してから食堂探しを始めた。

印の食堂を探したけど見当たらない。

相棒は

「おにぎりでもお弁当でも何でもいいじゃないか!!」  と言う。

この人も近くに何でもそろっている自分の街の感覚だった。

島にコンビニの無いことを知らない人でした。


通り過ぎたような気がして、教えられた店を探しに来た道を戻った。

今度は車も返せない狭い道の住宅地へ入ってしまった。

娘とワタシはきょろきょろと店の看板を探した。


「あった~~」

「でもやっていないような店だね、閉まっているよ・・・!」

娘が車から降りて聞きに行った。

戻ってきた娘は、

「ここは裏口で表へ廻って、と言ってるの」

車を擦りそうな狭い道を抜けて通りに出たけど、車で走っていては見つけることのできない小さい食堂だった。


遅い昼食だったけど、やっと食事に有り付いた。

グルメではなく、ごく普通の食堂だった。


食事を済ませてから観光の隠岐神社へ
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やっと桜が咲き始めたころでした。
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相撲の土俵がありました。
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スミレサイシンがたくさん咲いていた。
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参道を歩いて上がる。
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ガラス越しでこんな絵が見えた。
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まだ有ったけどガラスが反射して良く写らない。


参道をまた上がる。
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奥の院
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奥の院の前にはこんな建物も。
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この道は後鳥羽天皇が預けられた寺の参道
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後鳥羽天皇の暮らした寺は、今は寺は有りません。
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また次も隠岐です。


ご訪問いただきありがとうございました。

またお越しください。

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