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観光してきました7 [旅]

咲き始めた山野草、ドンドン咲いてます。

折角咲いたのでお披露目です。


ルブラムイカリソウ
この真下もモグラが掘り起こしてます。
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アップするとこんな花です。
庭から絶えてしまわないようこれは鉢植えです。
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珍しくもないアカバナイカリソウ
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楊貴妃イカリソウ
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花びらはもっと濃い赤ですが、本当の色を出せません(-.-)
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色々試して
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最後はピント外れ(><)
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サルフレアイカリソウ
満開の時は撮らず、過ぎたのに撮ってます。
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花は、こちらの方が良いかなぁ~
下の葉っぱはモグラ対策のヒガンバナ、モグラは真下を走りまくって効果なし。
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バイカイカリソウ
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庭にはこんな風に群生
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小さい可愛い花は今も咲いてます。
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**************************:

隠岐観光の続きです。


翌朝、一番大きい島 隠岐の島町へ移動です。

ホテルでいろいろ聞いたら、今は、海士町から隠岐の島町へのカーフェリーは無いと言われた。

車を持ち込んで行く予定でしたが、現地でレンタカーを借りる手配してもらった。

海士町の菱浦港の船の時間表示
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このレインボージェットに乗ります。
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レインボージェットは菱浦港から離れて(^^♪
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日本海にはこんな島がたくさん見えます。
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カーフェリーしらしま、とすれ違い。
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隠岐の島町の港、西郷港に到着。
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レインボージェットは私たちを下船させて、待っていた人たちを乗せて去っていきます。
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私たちは手配してくれたレンタカーを借りて島観光です。
軽を借りて良かった、島の道はとても狭い。
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佐々木家住宅へ行きましたが、道がとても狭かった。
佐々木家は代々庄屋を務めていた古い家柄です。
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佐々木家住宅
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中は観光でよく見る民家と変わらないので載せません。
チャノマの、この天井は煙のはきだし。
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部屋は、シモノマ、カミノマ、ヤリノマ、チャノマ、ヒヤ、とあり、カミノマの床には刀が展示。
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「ナカエ」と書いてある部屋の釜土は、一般には土間にあって一段低い。
しかしここの釜土は、板の間と同じ高さの作り方だった。
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次回もよろしくお願いします。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

観光してきました6 [旅]

今庭にモグラが入って庭中荒らしまくって困っている。

こんなに悪さをするのに誰が決めたのかモグラは「絶滅危惧指定」だ。

我が家は茶庭なので石組みが多く、石の下に入ったモグラはどうしょうもない。

地面のいたるところが空洞になり、山野草は水揚げが出来ず枯れる。

冬モグラの穴にネズミが入り、木の根をかじった。

庭の松は全部元気がない、土壌の木の根が空洞になり大事な松1本が枯れ始めた。

掘られた穴を埋めるため、水をかけてつぶす。

水は溢れることなく、いくらでも入る、どこまで続いているのか分からないほど入っていく。

そのたびに土が崩れて、山野草もめり込んでぐちゃぐちゃになる。

絶えて消えた山野草があっちこっち(-.-)に。
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土砂が流れて田んぼのようだ。

ここには雪割草やイカリソウがあったけどダメのようだ。
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掘られた穴を埋めるたびに庭石が沈んでいく。

以前、庭の石灯篭も傾いて庭師に設置し直しをしてもらった。
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この場所は一面ツワブキが咲き綺麗だった、少し残っているけど今年はダメみたい。
カバレンゲは殆ど枯れた状態、生き残った1本だけ青息吐息で花を1個付けた。
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この場所は石組みを挟んでシュンランが下から上まで咲いてた場所ですが、見る影もない。

土砂が流れ崩れてもう無い、相棒に土留めの石を設置の依頼。

石で土留めをした後、良い土を入れようと見に行ったときはもう遅かった、砂がたっぷり(-.-)うえ~~ん(涙)

残ったシュンラン元気になるとよいけど・・・!
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絶滅危惧指定だから回避の薬は有るが、退治をする薬も無く途方に暮れている。

庭には絶滅危惧種の山野草がたくさんある。

モグラが絶滅危惧なら、絶滅危惧種の植物はどう考えているのか、それを決めた人に聞きたい。


モグレス、酢酸液、ヒガンバナ、超音波、ハバネロ辛子液、あらゆる手段でしましたが、効き目無し。

この方法では殆ど撃退は出来ません。

残る方法は、「指定に決めた役人さん、モグラを捕獲しに来てペットで飼ってください、プンプン[ぷっくっくな顔]

何十年と管理してきた庭を見て、こんな気持ちで撃退に頑張ってます。



*********************************


観光旅行の続きです。

後鳥羽上皇の過ごした跡地。
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流転の梵鐘
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詩を詠むことが仕事なので句碑があっちこっちに有りました。
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この様に詩も詠みましたが、いつの日か都へ帰る夢をみて、その時のために自ずから太刀を打って居たことも知りました。
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流転の身でありながら、暮らしはビップ待遇、自ら住民たちにも武器となる太刀の打ち方指導までやっていたことも分かった。


枯れたけど当時の網掛けの松。
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今は干拓事業で広い大地になってましたが、ここまで海だったそうです。
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後鳥羽上皇は、京都へ帰る夢をみ続けて帰ることが出来ませんでした。

ここで火葬されて京都へ
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残った灰を分骨、と言う形で、今は宮内庁管理となっている、と聞きました。


ここから後鳥羽上皇の資料館へ行った。

写真は悪いと思って撮らなかったのでありません。


次に海士地域の有力者、村上家へ行った。
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京都の水無瀬家は後鳥羽上皇に仕えた公家、村上家はその水無瀬家と交流が有った。

写真は無いけどこの辺を観光して宿のホテルへ行った。


ホテルのラウンジ
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このホテルは、温泉付きホテルです。
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部屋の鍵をもらって

今夜の部屋です。
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食事に行くとき部屋の鍵がない、テーブルの上にもどこにもない。

鍵が無いので部屋から出ることが出来ない・・・どこへ置いたのだろう??

そのとき孫が金庫を開けて鍵を持ってきた。

あ~~良かった、ボケが始まったのかと心配した。


部屋に入ってすぐ撮った写真に、孫が金庫と写ってる、あの時だ(^-^)


こんな騒ぎもありました。


まだ続きます。


お越しいただきありがとうございました。

またお越しください。

観光してきました5 [旅]

GWに入ってからお天気が良く、庭いじりや畑いじりで過ごしていた。

昨日は相棒と2人で久々に地元の山、高坪山に登った。

この山はお天気が良ければボランティアで毎日登山道整備をしてくれる方が居る。

登山道は土砂が流れ掘れていて歩きにくい、と言うようなところはありません。

どんな斜面でも、とても整備されている山です。


おにぎりと暑いお茶をもって高坪山の山頂で食べた。

高坪山はブナの新緑がとても綺麗。
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山頂もブナの葉で木陰ができて最高です。
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ブナ林は落ち葉がすぐ腐らないので登山道も歩きやすい。
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新緑を見ながらリラックスした。
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縦走のできる山なので下山するときのコースで飯豊連峰をパチリ♬
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写真は撮らなかったけどイワウチワがたくさん咲いていた、オオバカメノキも白い花を咲かせていった。

爽やかなお天気だったので結構多く登って居た。


とても良い1日を過ごした。


*********************************

旅行記をダラダラと更新してます。


隠岐の島の続きです。


「おき」のカーフェリーに4時間も乗って居る、暇なので下船してから食べる観光協会の作ったグルメ情報を見てチェック。


海士町のご当地グルメ いくつか紹介されている。


「何を食べる?」

「海鮮丼もいいね!」

「隠岐牛ランチも美味しそうだし♬」

営業時間を見た、1時30分・・・え~~~!

船の着く頃には間に合わない閉まってしまう。

予約をしよう。

12時半頃、船から予約電話をかけた。


「今日の予約は終わりです。」

どの店も同じ(><)


船の受付案内へ行って

「こういうわけで食事ができません、街の食堂を教えてください。」

受付案内の人は街の地図をだして、

「ここならやっていると思います」

と言って、数本ある道の地図に印を付けてくれた。

ワタシ 「幾つ目の信号機ですか?」

受付の人、けげんな顔をして

「島には信号機はありませんよ」

「車で行くと、そこまで10分くらいですか?」

「車で10分も走ったら隣町まで行ってしまいます。」

本土の感覚で大変なことを聞いてしまったようだ(><)


相棒と合流してから食堂探しを始めた。

印の食堂を探したけど見当たらない。

相棒は

「おにぎりでもお弁当でも何でもいいじゃないか!!」  と言う。

この人も近くに何でもそろっている自分の街の感覚だった。

島にコンビニの無いことを知らない人でした。


通り過ぎたような気がして、教えられた店を探しに来た道を戻った。

今度は車も返せない狭い道の住宅地へ入ってしまった。

娘とワタシはきょろきょろと店の看板を探した。


「あった~~」

「でもやっていないような店だね、閉まっているよ・・・!」

娘が車から降りて聞きに行った。

戻ってきた娘は、

「ここは裏口で表へ廻って、と言ってるの」

車を擦りそうな狭い道を抜けて通りに出たけど、車で走っていては見つけることのできない小さい食堂だった。


遅い昼食だったけど、やっと食事に有り付いた。

グルメではなく、ごく普通の食堂だった。


食事を済ませてから観光の隠岐神社へ
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やっと桜が咲き始めたころでした。
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相撲の土俵がありました。
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スミレサイシンがたくさん咲いていた。
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参道を歩いて上がる。
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ガラス越しでこんな絵が見えた。
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まだ有ったけどガラスが反射して良く写らない。


参道をまた上がる。
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奥の院
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奥の院の前にはこんな建物も。
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この道は後鳥羽天皇が預けられた寺の参道
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後鳥羽天皇の暮らした寺は、今は寺は有りません。
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また次も隠岐です。


ご訪問いただきありがとうございました。

またお越しください。

観光してきました4 [旅]

GWが始まった。

GW初日に港で「魚祭り」のイベントが計画されて朝早く行ってきた。

開会時間は8時から、8時数分過ぎに到着。

始まる前から発泡スチロールの積み上げられた売り場の前は人だかり。

売買開始が始まったけど何を売っているのか見えないほど人が立ちはだかっている。

みなさん発泡スチロール箱ごと買って人をかき分け出てくる。

人を押しのけ買い物するのは、私には無理。

買わずに諦めて帰ってきた。

GWは静かに過ごすことにした。


****************************

旅の続きです。

隠岐の島は大きい島は4つあり、島前=どうせん  島後=どうご に分かれている。

島前の地図
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島前は、中ノ島、知夫里島、西ノ島。


中ノ島は 海士(あま)町と言われ =  人口2400人 小学校2校 中学校 高校があり、牛の数600頭。


西ノ島は 西ノ島町と言われ =  人口3000人 小学校 中学校があり 
                        牛の数600頭 馬50頭

知夫里島は 知夫村と言われ = 人口600人 小中一貫校
                 牛の数600頭 たぬきの数2000匹

たぬきの数が人口の3倍以上には笑ってしまいました。


つぎは 島後です。

島後は一番大きく、隠岐の島町と言われている。
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隠岐の諸島最大の島で、ほぼ円形。

人口15000人 小学校7校 中学校4校 高校2校
牛の数500頭 馬の数8頭


158キロ先に「竹島」があります。

朝鮮戦争で陥落寸前だった国。

日本の支援で誕生した韓国。

韓国の李承晩が勝手に海に線を引き、当時の日本の漁船を片っ端から拿捕。

恩を仇で返す国民性、今と同じ。

当時の漁師たちは、拿捕され捕まえられて8畳の部屋に20人も詰め込まれ、寒い季節に毛布1枚与えられた。

横になるどころか、座ることさい寝ることさいできない、ぎゅうぎゅう詰め。

食事もろくに与えられなかった、人権侵害を受けた。

拿捕された数えきれない漁船は全部盗られて、自分たちが利用した。

その後、島は乗っ取られて、外務省の弱腰外交に呆れた。

山ほど証拠があるのに何もしない「省」 「外務省」とは言いたくない「害有省」だ

こう言うことは事実なんですから、政府は歴史として国民に事実を教えるべきです。

国際裁判所へ訴えて国を挙げて国家と国民を守るべきだ、腹が立って仕方がない。


隠岐と本土を結ぶ全体の船のルートが書いてあります。
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私たちは「おき」に乗り、相棒は「くにが」に乗ってしまった。

「おき」は西郷の港に着いた。
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西郷の港  しかし「くにが」は立ち寄らない。
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こんな風景を見ながら「おき」は次の港へ向かった。
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結構小島がある、海を見ながらの旅です。
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列車で言うと 「おき」は 普通列車
          「くにが」は特急列車

カーフェリーは、中ノ島に近くなった。
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島に滞在する間 お世話になるホテルも見えてきた。
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温泉付きのマリンポートホテル
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「おき」は4時間かかって 「菱浦港」 に着いた。
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「くにが」に乗った相棒、待っている姿が見える。
到着してから、どのくらい待っていたのだろう!
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金を持っていないので、喉が渇いても飲むことが出来ない、お腹が空いても食べることも出来なかった相棒、
知ってる人も居ないので話すことのできなかった相棒が待っていた。
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中ノ島の菱浦港でやっと合流することが出来た。

この島に着いてから本土の感覚で考えていた私たち、また大変なことを知ることになる。

それは次回です。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

観光してきました3 [旅]

一昨日はフキノトウを採りに山へ行ってきた。

フキノトウを食べると胃を刺激するのかとてもお腹が空く。

フキノトウは眠っていた細胞を目覚めさせ起こすと言われてます。

知り合いのご主人が手術後も抗がん剤の治療で食欲もなく、元気な細胞もダメージを受けているようだ。


フキノトウを食べさせてあげよう!

フキノトウの佃煮を作って食べさせたら少しは食欲もでるかも。


そう思って75キロ離れた飯豊町まで行ってきた。

これが収穫してきたフキノトウ
これからフキノトウを洗って
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茹でて佃煮作りに取り掛かります。
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これは境港の鮮魚センターで買ってきたちりめんじゃこ(^^♪
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抗がん剤でカルシュームを摂りにくくなっているので、ちりめんじゃこ一袋入れてフキノトウの佃煮を作った。
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出来上がった佃煮を、大腸がんの手術をした義兄と、知り合いのご主人用と、我が家の分、三等分に分けた。

知り合いのご主人は精神面でだいぶ落ち込んでますが、心配してくれる周囲の気持ちが励みになっている、と言っていた。

「とてもおいしかった」と喜んでくれた。

帰ってきてから毎日このよう色々の作業です。


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旅行の続きです。

カーフェリーで敦賀港で下船です。

敦賀から高速へ上がった。

高速は、北陸道、名神高速道、中国自動車道、米子自動車道、と相棒と交代しながら走った。

途中食事をしたりトイレ休憩をしたりしながら、福井、滋賀、京都、大阪、兵庫、岡山まで走り、そこから鳥取の米子市を走って境港まで。

かなりの距離を走ったもんだ、体力有るなぁ~~あまり疲れていない。

境港に一泊して次の日は境港の七類港からカーフェリーで隠岐の島へ。
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「くにが」このカーフェリーに乗る予定でした。
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乗る前の孫の記念撮影
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しかし乗船手続きをした娘は、私たちをこのカーフェリーへ連れて行った。
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乗船してから撮った七類のターミナル
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前の船は「くにが」
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出港したようです。
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中を散策。
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岸がだんだん遠くなる、しかし相棒の姿がない??
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こんなに離れたのに船の中にはどこを探しても居ない。
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そんなに広くないのに・・・様子がおかしい?

インフォメーションへ行って

「車と一緒に乗った主人が居ないのです」

「呼び出します」

とマイクで呼び出し放送をしてくれた。

しかし現れない!!!!

もしかして、と思ったインフォメーションの担当者たちが

「どこの港で下船ですか?今「くにが」に問い合わせてます、少しお待ちください。」

「誘導係が別の船へ誘導したことが分かりました」

それからが大変、手違いで、私たちは「おき」に乗り、相棒は「くにが」に乗ってしまったらしい。

相棒は金も持っておらず、携帯も持っておらず・・・。

担当者に、どんな方法で連絡を取ったらよいか相談した。

「くにが」のスタッフの携帯と、「おき」のスタッフの携帯で、娘と相棒が話すことが出来た。


娘が乗船券の確認をせず乗ってしまったのが原因でした。
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一時はどうなるのかと心配しましたが、こんな手違いも旅の想い出です。


次も観光です。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

観光してきました2 [旅]

船旅が始まりました。

この船には福島からのツアー団体、仙台からのツアー団体も一緒に乗りました。


1泊するので、家族で過ごすため娘にネットで個室の手配をしてもらった。

スイートルームは和室洋室など、基本的にはペアで使用することを想定して作られてます。

和室も良いけど畳の部屋は3人までなら寝られそうですが4人となると無理。

4人で寝られる部屋はこんな形の部屋しかなかった。
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畳 2畳の広さにテーブルテレビ、ポットに茶櫃が置かれて、二段ベッド
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気がねなくくつろげて落ち着ける、孫は喜んでいた。
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洗面所もあり、歯ブラシ、タオルも用意してあった。
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相棒は上の段で寝巻に着替えて読書です。
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孫の居るところはキッズコーナー、子供向けの本が置かれていた。

孫は本を読むのが大好きなので、ここで本を読んで過ごした。
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ゲームコーナー
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色々な遊びのマシーン
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コインランドリーもあります。
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この部屋には卓球台
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写真は無いけど水着を着て夏場のジャグジー、ペットを預かる部屋や、ビデオシアター、展望台大浴場などあります。


広いレストランもあり夕食はそこでとりました。

自分で食べたい料理を各自お盆に載せて食べました。

食事を済ませてから大浴場へ♪


ベッドで休みましたが大きい船なのでほとんど揺れません。

とても静かです。



周囲は静かになったころ・・・隣の部屋から。。。

大きな声でペチャクチャ ペチャクチャ・・・ゲラゲラ ゲラゲラ・・・。

静まり返っているから一層響く。

声は孫の寝ている壁側の部屋から聞こえてくる。

大声のおしゃべりは、なかなか終わらない。

そのうちに孫が

「お母さん、声がうるさくて眠られないの」

お母さん 「壁を叩いてごらん、止むと思うから」

孫は仕切られている壁をトントンと叩いた。

それでも大声の、おしゃべりは終わらない。

孫 「たたいたのにやまないよ」

お母さん 「こうするのよ」

と、にこやかな顔でドカッ! と一発壁を蹴飛ばした。

シ~~~ン・・・やんだ

ポカーンとしている孫にお母さんはにっこり笑って

 「ね。静かになったでしょ、おやすみなさい^^」

その後、物音一つしなかった。

翌朝、隣の方は、どんな人か見たかったけど会うことできなかった。


こんな旅の出来事でした。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

観光してきました1 [旅]

旅から帰ってきてから忙しかった。

庭は落ち葉などでゴミだらけ、庭掃除。

家の中も掃除、鉢植えの植え替え、伸びた庭の草取り、春の山菜取り。


そのほか町内の下水掃除に、柿畑の肥料撒き、山の手入れ、


毎日がこんな仕事でした。


…。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



4月初め、娘と孫と4人で新日本海フェリーで旅に出発した。

全長195M  総トン数20554トン  22.7ノット速力  926名定員 
トラック186台  乗用車80台  の大きいカーフェリー


新潟港から敦賀まで11時間の船旅です。
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本来、横書きの字は左から右に読みます、出発前、孫は

「ばからしーリェフ」 だって・・・!

と読んだので大笑いした。
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「フェリーしらかば」なんだけど・・・でも間違っていない。



車の乗船口をつなぎ始めました。
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作業員の作業しているのが見えます。
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こちらも人を乗せる乗船口をつないでます。
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インフォメーションで受付をして乗船しました。

中のラウンジ
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フォワードサロン
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お天気が良かったので甲板へ出て見ました。
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風が冷たったので人はあまり居りません。
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フェリーは新潟港からどんどん離れていきます。

高いノッポビルは「トキメッセ」
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屋根の尖った左が「ネクスト21」 右が「県庁」のビルです。
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港からどんどん離れた、薄いけど雪を頂いた山も見えます。
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弥彦山が見えてきた。
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完全に日本海へ出ました。
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日本海に夕日が沈み始めた。
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しかし風が強すぎて立っていられない。

沈むところを撮ったけどブレブレ写真で削除した。


続きます


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

プチ旅で福島へ 2 [旅]

がんの宣告を受けてまる1年、昨日病院へ「がん」の定期検診へ行ってきた。

CTを撮って診察を受けた。


肺に見えるがんは、はっきりと見えるが大きさは全然変わっていない。

なにも成長していなかった。


「がんもどき」かなぁ~~

検診はまた半年延びた。

**************************

前回の続きです。

この日、大内宿の上空をヘリが飛んで過ぎ去って行った。

事故があったのかなぁ~~ ドクターヘリかなぁ~~と空を見上げた。
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大内宿から次のところへ移動です。

道中こんな山崩れが見えた、最近災害が多いので気になる風景です。
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着いたところは「芦ノ牧温泉」
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大きくて庭の綺麗なホテル
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ここで食事をして温泉へ入る予定♪
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中へ入ると広いラウンジ
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ところどころにさり気なく和の気配り。
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出たご膳
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写真は撮れないけど、お風呂も大きくて渓流を見られる露天風呂。

食事とお風呂を済ませて、その後会津若松へ。

鶴ヶ城のお堀。
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お土産売り場の物産展へ入ったけど、昨年まで無かった駐車料金の料金支払いが・・・!

バスのガイドさん、大勢のお客さんを連れて行くのに「昨年までは無料だったのよ」と言っていた。

産地の物産を買うのに寄って駐車料金請求はどうかと思う!


道中バスの中でジャンケンゲームをした。

私は負けちゃったけど相棒が勝った(^0^)

ささやかですが景品をもらった。
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中に入っていたものは、扇子でした。
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頂けるものは何でも嬉しいね♪♪♪


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

プチ旅で福島へ 1 [旅]

毎年恒例の銀行友の会の付き合いで旅行に行ってきた。

バスは福島県会津本郷に入り、本郷焼で有名な街を走り山越え。

ダムを造るとき資材を運ぶために造られた道路を走った。

しばらく走って急に明るくなった・・・ダム湖です。
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以前冬に来たときこの道路を山越えしたことがある。


雪景色の宿場を見たくて、標識を見て目的地が近いと思って入った道です。

しかし時期は冬、道路には雪があり すれ違う車もいないのにどんどん山奥へ入って雪の量も多くなってきた。

曲がりくねった山道をすれ違う車も無く、雪で車が動けなくなったことを考え心細い思いで通った道!

そんなことを思い出した。


ダムです。

見えてきたダムはロックフィルダムだった。
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目的地へ到着です。

この建物は宿場のお寺、お寺も茅葺屋根
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この家は屋根のふき替えをやってます。
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観光地化してお金が入るのでしょう、訪ねるたびに変わっています。
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行ったところは大内宿
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ここは本陣
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節句の1つの行事でしょう、どこの屋根の軒下もこんなものがぶら下がっている。
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その各家の軒下にはお土産を並べて
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ずいぶん昔になりますが、各家庭で作った冬の保存食品の大根やキュウリの味噌漬けを、各家庭で詰めたものを売っていたので買ってきた。

昔ながらの味で美味しかったけど、今は無い。

売っているのは、お土産用に作られた漬物ばかり・・・ガッカリ!


この下がっている束は、リンゴや桃などを受粉させるためのマメコバチの巣
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↑ 花の時期になると下がっている萱の束を外して畑へ持って行く、マメコバチが受粉してくれます。


屋根の上にある子屋根はうだつではなく、囲炉裏時代の火の煙出し。
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その日は、新人ガイドさんの勉強している姿があった。
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何処でもそうですが観光地化がすすむと利益に走り素朴さが消えていく気がした。


次回も福島の旅です。


ご訪問いただきありがとうございました。

またお越しください。

復興支援です 4 [旅]

続きです。

次の観光地まで車窓から撮った写真です。

かさ上げ工事の真っ最中です。
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海岸の防波堤、かさ上げです。

住宅地はまだまだ先、住民の暮らす宅地までは手が届いていません。
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到着したのは松島。

ここでカキ料理です。

蓋を外してませんが鍋の中もカキ鍋、美味しく食べてきました。
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食事後は、松島湾を船で観光する人、瑞巌寺を観光する人、に分かれた。

松島湾は以前船を貸し切りで観光しているので、修復の終わった瑞巌寺を見ることにした。

行ってみると瑞巌寺は以前と違っている??

明るい・・・石畳の参道が無い・・・!!!

津波が来て参道の大木の杉木立は塩害で枯れるから全部伐採されていた。

それで参道は歴史調査のため発掘作業をして掘り起こされていた。
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別の参道です。

開創は慈覚大師と伝えられてます。
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当時僧侶たちが引きこもって修行した穴です。
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穴は、たくさんありました。
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境内に入るとこんなにきれいな苔が♪
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津波は建物までは上がらなかった。

瑞巌寺ですが中は伊達藩のお抱え絵師の描いた襖や屏風、お抱え彫刻家たちの彫った欄間が見事でしたが、国宝なので写真は撮られません。
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宝物館も入りましたが、撮影禁止で有りません。


ここを見てから五大堂へ行った。
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五大堂です。
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五大堂から見た松島湾。
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五大堂から石巻へまた買い物ツァーで移動です。

しかし写真を撮り忘れて有りません。


帰りに車窓から撮った風景です。

ここは仙台、農地も元へ戻って見えます。
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仙台も道路によって被害の大きさが違ったのでしょう!

近くでも場所によってまだ復興の遅れは見えます。
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自然災害と向き合って生きることの厳しさを見ました。


買ってきたお土産(^0^)

友達にみんな上げちゃって我が家のものは有りません。
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他にかまぼこ類も買いましたが、家に着く前に親戚へ配ってきたので写っていません。


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聞いたこんな話

余震の続く中、皆様には食事を配りスタッフは笹かまぼこ1枚でしのいだ。

避難者には水が無いから紙の皿にラップを敷いて食事を出した。

風呂は1週間に1回、それでも誰1人も文句は言わなかった。


地震から36日目 インフラが徐々に復興しホテルにも電気が通る。

でも断水が続いていて洗濯は川でした。

材料の限られた中で「温かいものを出したい」、温かいものを作った。

そんな気持ちが伝わって 笑顔で 「ごちそうさま」と言ってくれた。

それが励みになって、「もっと頑張ろう」と言う気持ちになった。

南三陸町の、人の心の温かい話を聞いてきました。

人は助け合ってこそ乗りきれる力強さを知った旅でした。


ご訪問いただきありがとうございました。

またお越しください。