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酉が来た2 [歴史 文化]

    初詣に行って家族と、みなさんの無病息災を願ってきた。


      2017年賀1.jpg


干支の酉年、部屋も酉を迎えた。

一番鶏です。
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香炉も鳥
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日本海の冬は、お天気が悪く初日の出は無理。

初日の出は二見ヶ浦の絵皿で(^-^)。
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こちらも鶏の急須
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家から出なくても日本一の富士の山も見られます。

縁起の良い松と鳥の鶴も一緒です。
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こちらの部屋も鳥の鶴♪
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一番鶏は、こちらにも・・・蓋の持ち手は雌鶏、後ろ手持ち手は雄鶏。
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一輪挿しも鶏、生けてあるのは藪柑子
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どの部屋も酉年の、鳥の絵皿と置物で飾ってます。
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こんな形で新年を迎えました。


色々な酉尽くしで楽しんでます。


「人生まだ進める」と新たな気持ちで前向きに生きていこうと思ってます。

またお付き合いください。



酉が来た1 [歴史 文化]

     2017年賀2.jpg
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新しい朝 [歴史 文化]

 
        あらためて
   
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今年はサル年  嫌なことはみんなサルです。
  
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三が日のガラポンへ行ってきました。

粗品ばかりでした。

⑴カップラーメン
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⑵作業用帽子
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⑶桐のまな板
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新年の手抜き正月です。

3~4年のサイクルで載せるから見たこともあると思います。

これは新年に相応しい軸
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床飾りは「砂漠のバラ」
バラは「貴賓の高い客を迎える」と言う意味を持ってます。
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脇は扇子とおかめ
おかめは能面を作る人が作ってくれました。
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居間の正月飾りでした。
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こちらは茶室です。
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脇にはミニ扇も飾りました。
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簡単な準備で正月を迎えました。


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気温も下がり始めたので昨日、白菜の漬物を作りました。
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人参、柚子、昆布、も入れて@@
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この桶に10キロの重みをのせた。

3日もすれば食べられるでしょう(^0^)

こんな暮らしで日々暮らしてます。



大勢のご訪問いただきありがとうございました。


さぼりましたが、また1年お付き合いください。

お付き合い3 [歴史 文化]

急に寒くなって上から白いものがちらほらと!

タイヤ交換をしなければなりません。

昨日は大きい鮭を1匹頂き「塩引き」を作った。

他にたくさん縫い物を頼まれ時間を見つけてやってます。

縫い物は商売じゃないから無料奉仕でやってます。

残す日も少なくなり、なんとな~~く慌ただしい季節です。

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そんなわけでPCの時間も無く遅くなりましたが、前回の続きです。

総会の場所へ移動は「高瀬温泉 高橋屋観山荘」

高瀬温泉も賑わっていた時も有りましたが、温泉街も不況が長引き今は廃業旅館が目についた。

高橋屋観山荘へ到着して、玄関へ入るとまず目に留まる凄い皿。

有田焼の東海道53次の特注絵皿です。
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ライトの反射で見えにくいですが、宿場宿場の絵皿が@@ずらりと♪
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宿場の絵と宿場の番号
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こんな風に…38、39の宿場です。
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江戸からの出発絵皿と宿場53次と京都着までの55枚の皿が飾られていた。
これは京都に到着の絵皿。
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フロアーには百人一首の絵皿(^^)
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カルタに合わせてずらずらと♪
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全部清水焼で100枚…凄い。
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階段を上がると目の前にこの皿♬
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日本昔話の観山荘オリジナル皿。
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子供の頃聞いた懐かしいお話あるわ、あるわ。
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カメラに納まらないの。
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他にも七福神の皿などあったけど、設置が高いところだったので止めました。


こちらの方は関郷の詩に合わせた風景などの額、この写真の倍の数の額も壁に設置してあった。
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二階の廊下。
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宴会のご膳、季節の郷土料理
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お風呂へ入ったり、食事をしたり、くじを引いたり(^0^)
当たったくじの景品。。。大吟醸やワインの人も居たけど当たったのは粗品だった。
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帰りのもらった手土産。
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家に帰ってから開けた、中にはこんな菓子が入っていた。
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ゼロ金利なのになにもサービスの無い銀行が多い。

ATMを使っていると窓口の接触さえない。

お客様の顔も見たことのない銀行窓口。

自分の金でもないのに口座を管理して勝手に引き落とし、入金も払い込みも全部ATM。


小さい銀行は親切です、仕事は部下に任せ支店長がわざわざ誕生日プレゼントを届けに来てくれました。

「お客様の触れ合いは大切」、との考えで日の長いときは日帰り旅行、日の短いときは温泉へ入って食事やゲームで楽しむ。

と、この銀行は年に2回ですが恒例の行事をやってます。

この日は人との触れ合いがうまれカラオケを楽しんだり、気持よく過ごして帰ってきました。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

お付き合い2 [歴史 文化]

毎日のように人が来たり、落ち葉掃除をしたり、漬物を漬けたり…!

1週間の経つのは速い。

昨日はお天気も良かったので、ちょっと新津の美術館まで遠出して唐三彩展を見に行ってきた。

美術館の近くには八幡山古墳があるので運動の為に歩いて登ってきた。

カメラを持って行かなかったので写真は有りませんが、弥生時代の集落と古墳のあったところで、発掘していた写真や説明などが書き添えてあった。

下山してから次は「フラワーセンター」を覗いて花を観賞(@@)

ミカンの木と真珠の木の鉢を買った。

帰ってきてから温海カブを漬けこんだ。

日も短く1日はあっという間に終わってしまう。


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前回の続きです。

渡辺邸の金蔵と宝蔵は土蔵の壁を破っても持ち出せないような構造になっていて、壁の中には鉄の板が編まれて張りめぐらされていた、と案内人の説明でした。


昭和42年に羽越水害があって大石川の堤防が決壊、関川村全土に大洪水が襲った。

多数の死者も出た。

この渡辺邸も大洪水が襲って庭も家も被害に遭った。

その時の水位の印の看板が立てられていた。
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渡辺邸の初代は村上藩の郡奉行だった。

流れを書くと長くなるので省略です。

渡辺邸は財政難に苦しんでいた米沢藩にも多額の融資、総額10万両以上用立て、同藩勘定奉行格の待遇を受けていた。

通路には槍掛け、なぎなた掛けが残っている。
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こちらは風呂場
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廊下のところどころにこんな気配り
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3000坪の宅地、500坪の母屋

見るものを圧倒する。
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庭は到底カメラには納まらない。
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全盛期には75人の使用人がいた。
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1000町歩の山林、700町歩の水田から10000万俵の小作米を収納した、と伝えられている地主です。
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当時、どなたが使用していた部屋かは分かりませんが、この部屋で石臼で引いた豆のコーヒーを頂いてきました。
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2階からの眺めも良かったようですが、お茶を頂いていたら時間がなく見ませんでした。

次の目的地へバスで移動です。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

お付き合い1 [歴史 文化]

たくさん預けているわけではないけど、地方銀行の友の会の総会に行ってきた。


総会は毎年、近くの温泉街でしますが総会は形ばかりで、温泉へ入ったり食事を楽しんだり、カラオケやったり、くじを引いて商品をもらったり、帰りには大したものではありませんがお土産をもらったり…!

この銀行年金日には来る人に窓口で粗品ですが、色々な品物をプレゼントしてくれます。

その月によって違います、卵1パックだったり小皿だったり、花の鉢植えだったり色々です。


ゼロ金利の時代お客様に、おもてなしやサービスをしなければ地方銀行は大手銀行に呑み込まれます。

会費は5500円で、招待ではありませんが、楽しく遊んできました。


バスに乗って行く途中に「重要文化財の渡辺邸」へよって観光もした。


渡辺邸は米沢街道の宿場における豪商農大庄屋。

中に入ると凄い梁(はり)、どんな大雪にも耐えられます。
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柱には漆が塗られてます。
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囲炉裏には火が焚かれて、火棚には収穫した吊るし柿が下がっていた。
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大門から土間になっていて、主の入り口、使用人の入り口、身分によって段差があり分かれていた。
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屋根は今は見られなくなった木羽(こば)ぶきです。
その見本が展示されていた。
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その木羽ぶきの屋根です。
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土蔵も幾つもあります。


庭師さんが雪囲いをしてますね。
この土蔵は「味噌蔵」です
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「金蔵」
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「宝蔵」
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「米蔵」
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「新土蔵」
「新土蔵」は11代当主のお嫁さんの衣装のための蔵です。
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この他に裏土蔵があり現在六棟残ってますが、屋敷地図を見ると十二の蔵があった、と記されてます。


次回も「渡辺邸」です。


ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

プチ旅3 [歴史 文化]

九州の方は災害の出るほど豪雨ですが、ここ新潟北部 下越地方は毎日雨も降らず畑の野菜は水を欲しがっている。

相棒は毎朝水撒きを休むこともできません。

昨夜ようやく慰めほどの雨が降った。

地球に異変が起きている感じです。


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6月16日 ちょっと足を延ばし五智国分寺へ行ってきた。


造られた時代はとても古く、聖武天皇の頃です。

その後は廃れてしまい上杉謙信の時代にまた再建された。

しかしその建物は焼失、今は新しい建物です。

五智国分寺には 釈迦如来 薬師如来 阿弥陀如来 大日如来 毘盧遮那(びるしゃな)如来 を祀っている。

五如来を祀っているので五智国分寺と言われている。
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山門には

阿吽
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吽形
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参道を進むと三重塔があります。
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まだ新しい建物ですが、五智国分寺 です。
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近くには越後の七不思議の1つ 「片葉の葦」があります。
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これが 「片葉の葦」 です。
片方向にしか葉は付いてません。
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新潟県は海岸線の長さ 330キロもあります。

海の幸 山の幸 の豊かなところです。

昼食は和食です。
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食事を済ませて上杉謙信で有名な春日山へ行った。

春日山にある 林泉寺
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ここで上杉謙信は育てられ学んだ。
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中は鐘楼も有りました。
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宝物館に入って宝物を見ましたが、撮影禁止で写真はありません。

複製ですが山門の天井です。
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本物は宝物館に展示されてました。
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林泉寺をでて春日山に登りました。

春日神社です。
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春日山には上杉謙信の像も有ります。
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お天気に恵まれてプチ旅も良いものです。

歴史を感じた旅でした。


*********************

義姉の入院で毎日のように病院通いでした。

圧力式酸素マスクを付けられ、体中赤青黄色の配線でつながって一時はどうなるのやら・・・!

と心配したけど今は酸素も外されてリハビリが始まった。

入院で筋肉も落ちてしまって一人でトイレへ行けるように訓練です。


会話もおかしい(>。<)

今 話したことを覚えてない、認知症がすすんでいる。

誰でも通る道なので怒らずに相手になって受け答えをやってます。



たくさんのご訪問いただきありがとうございました。

またお越しください。

プチ旅2 [歴史 文化]

こちら今、朝方はとても寒いです。

毎朝、外の庭の水撒きする相棒が「寒い寒い」と言ってます。

日中も暑い日があったり、寒い日があったり、夏物を着たり冬ものを着たり日々気温が違って不安定です。

体力の無い人は体調管理が大変と思います、みなさんも体調を崩さないようお気を付けください。


プチの続きです。


山頂へ行ってみると白虎隊の墓地があります。
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一段高くなっていて聖域へ入ってはいけない気がして入り口から撮ってきました。



その側に説明が書いてあります、付いている白い紙は英語の説明書きです。
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墓地の前は広い広場になっていて白虎隊の精神に深い感銘を受けたローマ市。
ローマ市民の名をもって高い塔の記念碑が立てられていた。
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高い円柱の塔なので1枚で写らない、塔の上の方です。
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コースの印を見ながら自刃の跡まで山を歩いた。
相棒が会津若松の城下を見ている、鶴ヶ城を探しているのでしょう。
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白虎隊の見ている方向に鶴ヶ城があります。
ここから城下の炎上を見て城が燃えていると思ったのです。
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ここから見た会津若松の街
鶴ヶ城を見つけましたか@@
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ズームしてポールのところが鶴ヶ城です。
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城下から上がっている煙を見て 「敵に捕らえられて屈辱を受けては主君や祖先に対して申し訳が立たん、武士の本分を明らかにすべき」、 全員同意し自刃した。



帰りに記念館へ入りました。
中は撮影禁止なので建物だけです。
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記念館前には、まだ幼いお顔の白虎隊の銅像が。
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この銅像は戸ノ口原の生在白虎隊士22人の1人、酒井峰治が鶴ヶ城に入城するため1人山間を退却中、愛犬クマが飯盛山の裏手に出迎えた時の銅像です。
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動物は言葉は話せないが愛する主人に、差し迫った危険な出来事の起きていることが分かっていたのでしょう!



ここを見てから復元ですが、会津藩の藩校「日新館」へ行った。
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中へ入るとこの看板に説明が書いてあります、総面積は3万8000坪。

本物の藩校は開城前 「敵の手に委ねるくらいなら自分の手で焼いたほうが良い」と火を放って焼いてしまった。

会津の精神を後世に教え残すため、30年ほど前54億かけて当時のままに復元したのです。
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この写真で電池切れ写真は有りませんが、建物の中は学び舎の様子や、資料など展示されて、また日新館で学んで歴史に残る人物も大勢おりました。
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滝廉太郎の荒城の月は鶴ヶ城だそうです。


最後に会津の精神 ならぬものは ならん  の 「什の掟」 が書いてあります。
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なまぬるい生活を過ごしている自分を戒めて帰ってきました。



ご訪問いただきありがとうございました。


またお越しください。

プチ旅 [歴史 文化]

5月13日、隣県の福島へ遊びに行ってきた。

行ったところは白虎隊で有名な飯盛山です。

飯盛山は以前は「弁天山」と言われて、飯盛家所有の山でした。

若き白虎隊が薩摩との敗戦敗退で、この山に辿り着き城が燃えていると思いこみ自殺。

その後、飯盛家所有の山に慰霊碑など立てられ飯盛山となった。

今回は、2回に分けて載せようと思ってます。



飯盛山の入り口には、階段の無理な足の弱い人のために「スロープコンベア」が設置されている。

料金は大人250円です。
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私たちは、スロープコンベアに乗らず厳島神社コースからです。
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参道を進むと厳島神社の両側に大きな御神木が2本立ってます。
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その隣には「戸ノ口堰洞穴」があります。
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猪苗代湖から水田の水を引くため18年もかけて全長31キロも人の手によって掘られたのです。

戦いに追われた白虎隊は、この洞穴を潜り抜け飯盛山へ登って我が城下を見たのです。


この「戸ノ口堰洞穴」を掘ったその後、天保3年 会津藩は佐竹豊助を普請奉行に任命し、5万5千人を動員水路を造った。
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飯盛山の中は散策できるように整備されて、木漏れ日がさし気持ちよかった。
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この建物は国指定の重要文化財「さざえ堂」です。
寛政8年(1796)建立 六角3層の高さ16M
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料金400円を払って中へ入ってみました。
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中は狭い通り抜けがあったり@@
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舟底のような形の床があったり!
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天井はこんな風です。
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さざえ堂は、山主 飯盛家の宝物です。


白虎隊の慰霊堂 19士を祀ってます。
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中は19士の霊像 写真の人は1人生き残り、その人によって当時の事実が分かった。
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これは殉職した人の辞世の句です。
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会津藩の精神が伝わってきました。



ご訪問いただきありがとうございました。

またお越しください。
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